「昔のインド旅シリーズ」の10日目です。
この日は旅日記どころか、お小遣い帳も未記入でした。
色々とうろ覚えですが、頑張って書いてみます。
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2007年12月31日 月曜日 バラナシ(インド)
おはようございます。
早起きして6:30頃からガンジス河沿いを散歩しました。
謎のボートです。
観光用ではないかもしれませんね。
聖なる河なので、沐浴する人もたくさんいました。
しかし大腸菌が基準値の6000倍以上あると聞いた事もありますので、観光客が軽い気持ちで沐浴するのは、止めた方がいいと思います。
軽い気持ちじゃなくても止めた方がいいと思います。
そこら辺にいた日本人と雑談しながら、のんびり過ごしました。
インド人のムケさん
上手な日本語でインド人が話しかけてきました。
この時は動画を撮っていたので、そのやりとりを記します。
青字がインド人、赤字が私です。
「そこにコブラがいるよ!コブラ!危ないよ!」
「???」
「◯◯コブラ!◯◯コブラ!」
(◯◯の部分は卑猥な単語です)
「あの、、、動画撮ってるんだから、放送禁止用語やめてください」
「エヘヘ、、、ドンダケドンダケ、、、イカホドイカホド、、、」
(中略)
「あなたはガンガー(ガンジス河)で沐浴しないの?」
「こんな汚いところ入れるわけないよ!病気になっちゃうよ!」
(中略)
「写真撮ってあげようか?カメラ貸してよ」
「撮らなくていいです、カメラは貸しません」
「そんなこと言わないでカメラ貸してよ!カメラ持った瞬間にダッシュで逃げるから」
(中略)
「俺、お店やってるから来ない?チャイご馳走するよ」
「いや、いらないです。行きません」
「なんで?チャイ飲もうよ?無料でいいよ。それに睡眠薬入れて、寝てる隙に財布盗むけどね」
というわけで「ちょっと怪しいというレベルではない」のですが、逆に信用できると思ったので、彼のお店に行く事にしました。
彼の名前は「ムケ」さんでした。
かの有名な「深夜特急」が大沢たかお主演でテレビドラマ化されましたが、それに子役として出演したそうです。
そんな縁もあって、日本語を勉強してお土産物屋さんを始めたとか。
ムケさんはここらへんでは有名な存在みたいで、お店に行くと日本人旅人が5人くらい集まってきました。
しばらくここで色々な話をして、楽しくまったりと過ごしました。
ところでこの時の彼は本物だったと思うのですが、2014年現在で、バラナシには「自称ムケ」が7人くらい居るそうです。
本当にそうなのか確かめてみたいです。
楽しく過ごせたので、お土産物を買いました。
そういう意味ではムケさんの戦略に上手くやられた感じなのですが、近隣の店と比べて値段も品質も悪くなかったと思います。
気づいたらお昼ごろだったので、意気投合した日本人と一緒に昼食を食べに行きました。
メグ・カフェという日本人女性のお店です。
生姜焼き丼を頼みました。
かなり美味しかったのですが、残念ながら豚肉ではなく鶏肉でした。
インドでは牛も豚も手に入りづらいそうです。
たった10日間程度ですが、羊肉と鶏肉ばかり食べていたので、
牛や豚が恋しくなってきました。
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バラナシでリラックスして過ごしてます
特に気になる観光地はなかったので、
のんびり過ごしました。
トイザらスで20円くらいで買った、フィストエイリアンというおもちゃです。
なぜかインド旅に持っていってました。
インドっぽい暖かい服を買いました。
600円くらいだったと思います。
この頃は店員さんと記念撮影するくらい、心に余裕が出来ていたのですね。
最初はインド人と会話するだけで怯えていたというのに。
修行僧みたいな人がいますが、たぶんガチではなく、
観光用に演出された人だと思います。
たまに走る牛もいて、ちょっと怖いです。
ガンジス河沿いに座っていると、
挨拶→握手→勝手にマッサージを始める→料金を請求する
という手口の人が、しばしば近寄ってきます。
かなり自然な流れで断りづらい雰囲気になりますが、私はすでに「しっかり断れる人」になっているので、トラブルにはなりませんでした。
あと紙幣のすり替えとかも、たまに仕掛けられました。
お金のやりとりをしている時に、こちらの綺麗な紙幣を抜いて、代わりに破れた紙幣を渡してきたりします。
でもこれも冷静に、
「私のお金はそっちの綺麗な方だから、すり替えないでね」
と言って、対処できるようになっていました。
短期間のインド旅で、急激に強くなったように思います。
そんな感じでのんびり過ごしていたら夜になりました。
「ガンジス河で年越しカウントダウン」をするために、
日本人旅人がたくさん集まってきていました。
このためにファイヤーダンスを練習してきた人もいました。
凄く楽しそうなのですが、私は夜行列車で移動しなくてはいけません、、、
残念です。
こんな子供まで、インド式計算法をやっていました。
指を上手いこと折り曲げて計算していたので、きっとそうだと思います。
これでインドの実力と将来性を確信したので、帰国後にガッツリとインド株を買いました。
(そして間もなくリーマンショックにやられました)
日本料理屋さんでカツカレーを食べました。
「すみません、一人で寂しいので仲間に入れてもらえますか?」
と言って、日本人グループに混ぜてもらいました。
大晦日の格闘技イベントの事とかを話して盛り上がりました。
「ヒョードルが絶対に勝つと思うんですけど」
「いや、チェ・ホンマンなら1発ある可能性はあるんじゃないかな」
とかとか。
バラナシの町は日本人旅人が多くて、とても楽しかったです。
そんなバラナシとお別れして、駅にやってきました。
自転車タクシーのおっちゃんが明らかに異常でした。(薬物系)
何事もなく無事に駅まで到着しましたが、これがインドで一番怖かった事です。
ハッピーニューイヤー!!!
とか盛り上がる雰囲気は全然ありません。
遠くで花火が上がるのを羨ましく思いながら、
バラナシ駅で2008年の年明けを迎えました。
なかなか列車来なくて心配だなぁ、、、
次の日に続きます。
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